蛇腹楽器の小史

蛇腹楽器の歴史

アコーディオン、コンサーティーナ、バンドネオンは、蛇腹から送る空気で自由簧を鳴らします。欧州の工房で生まれた楽器は各地へ渡り、家庭やダンスホール、地域の音楽に根づきました。年表では、楽器そのものの変化と、それぞれの土地での広がりをたどります。

あこちゅん

蛇腹楽器がどう生まれ、世界に広がっていったのか、いっしょにたどろう!

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楽器の系譜

楽器の変遷

資料でたどる節目

発明から各地の音楽へ

18世紀

19世紀

  • 1822年ごろ(伝承)
    主な国・地域ドイツ

    ブッシュマンのハンドエオリーネ

    ブッシュマンが自由簧を使う調律用の装置に蛇腹を付け、「Handäoline(ハンドエオリーネ)」を作ったと伝えられます。ただし、1822年の製作を裏づける同時代の資料は確認されていません。蛇腹楽器の起源を語る際、伝承と確認できる記録を分けて考える必要がある例です。

    出典: Gorka Hermosa · The Accordion in the 19th Century
  • 1829年
    主な国・地域オーストリア

    ウィーンで「Accordion」が出願される

    5月6日、ウィーンのオルガン・ピアノ製作者シリル・デミアンと息子のカール、グイドが、「Accordion」と名付けた楽器の説明と図面を提出しました。図面の型は左手で5個のボタンを押し、右手で蛇腹を動かします。一つのボタンで和音が鳴り、蛇腹を押すか引くかで別の和音になりました。「Accordion」という名称と初期の構造を、日付のある図面で確かめられる資料です。

    出典: TU Wien Archive
  • 1830年代
    主な国・地域ロシア

    ロシア・トゥーラでの手風琴づくり

    ロシアのトゥーラでは、職人イワン・シゾフが1830年に入手した5ボタンの手風琴を手本に製作を始めたと、地元博物館が記しています。その後、工房での生産が広がりました。

    出典: ARTEFACT · Tula harmonica museum record
  • 1834年
    主な国・地域ドイツ

    ドイツ式コンサーティーナの登場

    ケムニッツのカール・フリードリヒ・ウーリヒは、左右に5個ずつボタンを備えた小型の楽器を「新式アコーディオン」として紹介しました。蛇腹を押すときと引くときで異なる音が鳴ります。両手でボタンを操作する構造は、コンサーティーナという系統を形づくる基礎になりました。

    出典: Carl Friedrich Uhlig & Tango · Biografie
  • 1844年
    主な国・地域イギリス

    イングリッシュ・コンサーティーナの特許

    チャールズ・ホイートストンは1829年から開発を進め、1835年に公に発表。1844年に構造の特許を取得しました。初期のイングリッシュ式は胴が六角形で、音を左右の手に分けたボタンと、自由簧へ空気を送る蛇腹を備えます。ドイツ式とは異なる構造と音の配列を持つ英国式の系統を、特許資料で確認できます。

    出典: King's College London
  • 1849年
    主な国・地域日本

    美保神社にアコーディオンが奉納される

    松江歴史館の出品目録には、朝日千助が1849年に美保神社へ奉納したアコーディオンが記されています。1867年の別の奉納品も掲載されています。19世紀半ばには日本にアコーディオンが伝わっていたことを示す、早い記録です。

    出典: 松江歴史館・2017年企画展出品目録
  • 1850年ごろ
    主な国・地域イギリス

    アングロ式コンサーティーナの成立

    英国の製作者たちは、ドイツ式の音の配列に、英国式の構造と六角形の外形を組み合わせ始めました。この「アングロ・ジャーマン式」は、現在では主にアングロ式と呼ばれます。二つの方式を組み合わせた構造が、後のアングロ式の基本になりました。

    出典: International Concertina Association · Concertina History
  • 1850年代
    主な国・地域フランス

    音の配列が広がる

    半音階を弾けるボタン式への改良が進みました。1852年ごろにはパリでピアノ鍵盤式も作られたとされますが、広く普及するのは後の時代です。半音や異なる調を扱いやすくなり、蛇腹楽器で弾ける曲の幅が広がりました。

    出典: Schott Music · Typologie des Akkordeons
  • 1855年以降
    主な国・地域ドイツ

    「Bandonion」の名が使われる

    ドイツのバンド家が、特定の自由簧楽器に「Bandonion」の名を用いました。初期のアコーディオンと違い、ボタンであらかじめ決まった和音を鳴らす方式ではありません。

    出典: Smithsonian Folkways
  • 1858年までに
    主な国・地域タヒチ(当時フランス保護領)

    海を渡るアコーディオン

    スミソニアンが所蔵する一台は、1858年より前にタヒチで採集されました。19世紀半ばには、携帯できる蛇腹楽器が太平洋まで届いていたことを示す資料です。

    出典: Smithsonian Institution
  • 1850年代後半
    主な国・地域イギリス

    デュエット式コンサーティーナの登場

    ホイートストンは24鍵の長方形の「duett」を製作しました。左手に低音、右手に高音を配置し、旋律と伴奏を同時に弾けるようにした方式です。同じボタンは蛇腹を押しても引いても同じ音が鳴ります。

    出典: International Concertina Association · Concertina History
  • 1863年
    主な国・地域イタリア・カステルフィダルド

    カステルフィダルドで製作が始まる

    パオロ・ソプラーニがアコーディオン製作の会社を興しました。当地の博物館は、続く職人たちとともに発展した製作の歴史を、この工房からたどっています。

    出典: Castelfidardo Accordion Museum · World Accordion Museum Alliance
  • 1869年
    主な国・地域コロンビア・カリブ海沿岸

    コロンビアのカリブ海沿岸に伝わる

    コロンビア共和国銀行の資料には、1869年にサンタ・マルタ、翌年にモンポスへアコーディオンが届いた記録があります。1893年にはリオアチャで、アコーディオン、グアチャラカ、太鼓による舞踊の合奏も記されています。

    出典: Banco de la República · Acordeón y Bandoneón
  • 1870年ごろ(伝承)
    主な国・地域ロシア

    シューヤでガルモニづくりが広がる

    シューヤの伝承では、イワン・ソコロフが1870年にニジニ・ノヴゴロドの市から手風琴を持ち帰り、自らも製作したとされます。地元の職人たちは地域ならではのガルモニを作るようになりました。

    出典: Russia Beyond · How the accordion became Russified
  • 1870年代
    主な国・地域日本

    村田新八と手風琴の逸話

    岩倉使節団に加わって渡欧した村田新八は、手風琴を持ち帰り、たしなんだと伝わります。コンサーティーナを弾いたという逸話としても語られますが、参照した資料だけでは楽器の種類を特定できません。

    出典: 国指定 西南戦争遺跡・2021年歴史講座資料
  • 1878年
    主な国・地域ドイツ

    クリンゲンタールで製作の機械化が進む

    ユリウス・ベルトルトが簧板などの製作に使う打ち抜き機とフライス盤を考案しました。アコーディオン製造が容易になり、1880年代には当地の楽器産業が伸びました。

    出典: Deutscher Harmonika-Verband · Akkordeon-Geschichte
  • 19世紀後半
    主な国・地域メキシコ北東部/アメリカ・テキサス南部

    メキシコとテキサスの音楽に広がる

    ドイツやイタリアからの移民が、メキシコ北東部とテキサス南部へアコーディオンを伝えました。地元の奏者たちはポルカやワルツを取り入れ、単列ボタン式を用いる初期のコンフントやノルテーニョの音楽へ育てました。

    出典: Smithsonian Folkways · Arhoolie Records
  • 1890年ごろ
    主な国・地域イタリア・ストラデッラ

    ストラデッラで左手ベース機構が発達

    イタリア・ストラデッラのダッラペ工房で、アコーディオンの左手ベース機構が発達し、1890年ごろに「ストラデッラ・ベース」と呼ばれる方式が形づくられました。その後、多くの製作者に採用されました。

    出典: Lombardia Beni Culturali · Museo della Fisarmonica Mariano Dallapè
  • 19世紀末から
    主な国・地域南アフリカ

    南アフリカの音楽に根づくコンサーティーナ

    ソトやムポンドの出稼ぎ労働者は、歌や踊りの伴奏にコンサーティーナを使いました。携帯しやすい楽器は農村にも持ち帰られ、ズールーの音楽を含む各地の伝統に取り入れられました。

    出典: International Concertina Association · The Black Concertina Tradition of South Africa
  • 1900年までに
    主な国・地域アイルランド・クレア県

    クレア県の家庭にコンサーティーナが根づく

    アイルランドのクレア県では、手ごろなコンサーティーナが家庭の演奏やセットダンスに広がりました。女性が主要な演奏者・購入者となり、1910年までには県内の複数の町の店でも販売されていました。

    出典: International Concertina Association · Clare: the Heartland of the Irish Concertina

20世紀

  • 20世紀前半
    主な国・地域中国

    中国に広がるアコーディオン

    20世紀前半、アコーディオンは中国の音楽活動にも広がりました。中央音楽学院の歴史講座では、民族解放運動の時代に人々を励ます文芸公演でも使われた経緯が紹介されています。

    出典: 中央音乐学院 · 中国手风琴发展史讲座
  • 1903年までに
    主な国・地域イギリス・スコットランド

    アコーディオン演奏が蝋管で売られる

    スコットランドの奏者ピーター・ワイパーは、自らのメロディオン(ボタン式アコーディオン)の演奏を蝋管に録音し、地元で販売しました。1903年8月の業界誌にその録音の紹介が残ります。演奏がその場にいない人にも届くようになった初期の記録です。ただし、これが史上最初の録音と確定したわけではありません。

    出典: Box and Fiddle Archive · Peter and Daniel Wyper
  • 1907年
    主な国・地域ロシア

    ペテルブルクでバヤンが形になる

    製作者ピョートル・ステルリゴフは、奏者ヤコフ・オルランスキー=ティタレンコのために、右手4列の半音階式手風琴を製作しました。「バヤン」の名は以前から使われていましたが、この型の名称として定着していきます。

    出典: Kirillo-Belozersky Museum · Musical Instruments Catalogue
  • 1910年代
    主な国・地域アルゼンチン・ブエノスアイレス

    バンドネオンがタンゴ楽団に定着

    1910年以降、バンドネオンを含む四重奏は、タンゴの楽団「オルケスタ・ティピカ」の母体となりました。楽団が広まるにつれて、バンドネオンはタンゴを象徴する楽器として定着していきます。

    出典: Buenos Aires Ciudad · Orquesta Típica
  • 1920年代
    主な国・地域アメリカ・ルイジアナ州

    ケイジャン音楽にアコーディオンが定着

    ルイジアナには1871年までにアコーディオンの記録がありますが、ケイジャンの奏者への普及は徐々に進みました。20世紀初頭にはドイツ製の単列ボタン式が好まれ、1920年代に輸入されたC調・D調の楽器はフィドルとの合奏に合い、ダンス音楽の主役になっていきました。

    出典: Louisiana Folklife · Malcolm Comeaux
  • 1924年
    主な国・地域アルゼンチン・ブエノスアイレス

    タンゴ六重奏に2台のバンドネオン

    フリオ・デ・カロの六重奏団では、ペドロ・マフィアとルイス・ペトルッチェリがバンドネオンを担当し、ヴァイオリン、ピアノ、コントラバスと共演しました。その編曲はアルゼンチンの器楽タンゴの転機となります。

    出典: Argentina Secretaría de Cultura · Julio de Caro
  • 1920年代
    主な国・地域フランス

    パリのバル・ミュゼットを彩る

    イタリア系移民が持ち込んだアコーディオンは、パリのダンス音楽でオーヴェルニュ地方のバッグパイプ「ミュゼット」に代わって広がりました。ワルツやタンゴ・ミュゼットなどの踊りとともに、バル・ミュゼットを象徴する音になりました。

    出典: Musée de la musique, Philharmonie de Paris · Accordéon diatonique
  • 1931〜32年
    主な国・地域日本

    トンボが国内で製造を始める

    トンボ楽器は1931年にダイアトニック式の手風琴を製造・販売し、翌年には初のピアノ鍵盤式「リリコ」を発売しました。海外から伝わった楽器が、日本の工場でも二つの方式で作られるようになりました。

    出典: トンボ楽器製作所 · 沿革
  • 1935年
    主な国・地域ロシア

    シューヤの工房が工場にまとまる

    シューヤでガルモニを作っていた工房が統合され、シューヤ手風琴工場が設立されました。装飾を施した地元の楽器づくりが、工場での生産にも引き継がれます。

    出典: ARTEFACT · Shuya garmon museum record
  • 1936年
    主な国・地域アメリカ・テキサス州サンアントニオ

    テキサスでコンフントの編成を録音

    10月21日、サンアントニオでナルシソ・マルティネスとサンティアゴ・アルメイダが《La Chicharronera》を録音しました。ボタン式アコーディオンが旋律を奏で、12弦のバホ・セストが低音とリズムを支える編成です。テキサスのメキシコ系音楽「コンフント」を特徴づける響きを伝える、初期の録音の一つです。

    出典: Library of Congress · La Chicharronera
  • 1937〜43年
    主な国・地域中国・上海/延安

    戦時期の歌や舞台でアコーディオンを使う

    喬蘇穎の論考には、1937年の開戦後も上海などの都市で小規模なハーモニカとアコーディオンの演奏会が続いたこと、1943年に始まる延安の「新秧歌運動」でもアコーディオンが使われたことが記されています。アコーディオンは、戦時の文化活動でも人々に音楽を届ける役割を担いました。

    出典: 乔苏颖 · 浅谈手风琴在中国的发展(《音乐时空》2013年第17期)
  • 1938年
    主な国・地域フランス

    ギュス・ヴィズールが《Swing cocktail》を録音

    10月20日、パリでギュス・ヴィズールが、3人のギタリストとコントラバス奏者とともに《Swing cocktail》を録音しました。アコーディオンを交えたスウィングの演奏が記録されています。パリのミュゼットで親しまれたアコーディオンが、ジャズの演奏にも取り入れられていたことがわかります。

    出典: Bibliothèque nationale de France · Swing accordéon recording catalogue
  • 1942年
    主な国・地域イタリア・ストラデッラ

    ダッラペ社が自由低音への切替機構を特許化

    イタリア・ストラデッラのダッラペ社は、左手ベースの「コンバーター」機構を特許化しました。同じボタン盤を、ストラデッラ・ベースによる和音伴奏と、単音を弾く自由低音とで切り替える仕組みです。左手の役割を、決まった和音の伴奏から単音の演奏へ広げる設計です。

    出典: Lombardia Beni Culturali · Museo della Fisarmonica Mariano Dallapè
  • 1940年代後半
    主な国・地域ブラジル・北東部

    サンフォーナがバイアォンを全国に広める

    ルイス・ゴンザーガのバイアォンは、ブラジル北東部の音楽を全国に広めました。サンフォーナ(アコーディオン)、ザブンバ(太鼓)、トライアングルの組み合わせが、北東部の音楽を象徴する響きになりました。

    出典: Biblioteca Nacional do Brasil · Luiz Gonzaga, o rei do Baião
  • 第二次世界大戦後
    主な国・地域アメリカ・ルイジアナ州

    ルイジアナで地元製の楽器が生まれる

    戦争でドイツからの輸入が途絶え、アコーディオンが不足しました。地元の奏者たちは修理に加えて単列式の製作も始め、シドニー・ブラウンらが戦後のケイジャン・アコーディオンづくりを担いました。

    出典: Louisiana Folklife · Malcolm Comeaux
  • 1947年
    主な国・地域日本

    学校の合奏に向けたアコーディオン

    トンボ楽器の沿革には、左手のベースボタンを省いた合奏用アコーディオンの製造が記されています。音域の異なる楽器でパートを分け、日本の器楽合奏に使われました。

    出典: トンボ楽器製作所 · 沿革
  • 1950〜70年代
    主な国・地域中国

    職場・文工団・学校へ演奏が広がる

    喬蘇穎の論考は、1949年以降の軍や職場の文工団、アマチュアの公演、学校でのアコーディオンの使用を紹介しています。携帯しやすく、旋律と伴奏を一台で担える楽器として親しまれました。

    出典: 乔苏颖 · 浅谈手风琴在中国的发展(《音乐时空》2013年第17期)
  • 1951〜52年
    主な国・地域中国・上海

    上海で百楽のアコーディオン製作が始まる

    上海百楽音楽器材股份有限公司は1951年に資金を集めて工場を設け、翌年に自社ブランドのアコーディオンを製作しました。初期ロットの13号機は、2023年に嘉定区で開かれた歴史展でも紹介されています。初期の実物が残っており、中国の自社ブランドによる製造を具体的にたどれます。

    出典: 上海嘉定 · 百乐手风琴历史展
  • 1952年
    主な国・地域中国・重慶

    重慶でアコーディオンを製作

    重慶師範大学の史学交流会で紹介された記録によると、重慶の楽器修理工場は日本製アコーディオンを手本に、18ベースの楽器を製作しました。上海以外の地域でも、修理を担う工場が製造へ踏み出した例です。

    出典: 重庆师范大学音乐学院 · 手风琴史学交流会
  • 1950年代
    主な国・地域アメリカ・ルイジアナ州

    ピアノ式アコーディオンでザディコを広める

    ルイジアナの黒人クレオールの音楽で、クリフトン・シェニエは地元の舞踊音楽にブルースやR&Bを取り入れました。1950年代初めにピアノ鍵盤式アコーディオンで録音を始め、その後、ザディコを地域の外にも広めました。

    出典: Smithsonian Folkways · Arhoolie Records: Cajun and Zydeco
  • 1950年代
    主な国・地域アルゼンチン・ブエノスアイレス

    ピアソラがバンドネオンの表現を広げる

    バンドネオン奏者アストル・ピアソラはパリで作曲を学んだ後、「ヌエボ・タンゴ」を発展させました。対位法や新しい和声、ジャズの要素を取り入れ、タンゴでの楽器の表現を広げました。

    出典: Argentina Secretaría de Cultura · Astor Piazzolla
  • 1950年代半ば
    主な国・地域アイルランド → アメリカ・ニューヨーク

    パディ・オブライエンのB/C式演奏

    ティペラリー県出身のアコーディオン奏者パディ・オブライエンは、1950年代半ばにニューヨークへ渡りました。B/C式の2列ボタン・アコーディオンによる演奏が現地のアイルランド音楽の仲間に注目され、伝統音楽の奏法に影響を与えました。

    出典: Irish Traditional Music Archive · Paddy O’Brien (Tipperary) Compositions
  • 1957年
    主な国・地域アメリカ

    左手の和音と自由低音を切り替える機構

    米国で、アコーディオンの左手の和音ボタンを単音に切り替える機構が特許出願されました。同じボタン盤で和音伴奏と自由低音の演奏を使い分ける構造です。曲に応じて伴奏と旋律を切り替えられる左手鍵盤を目指した設計です。

    出典: US Patent 2,979,980 · Movable convertor for the bass mechanism of an accordion
  • 1958年
    主な国・地域中国・天津

    天津音楽学院にアコーディオン専攻

    天津音楽学院はピアノ科にアコーディオン専攻を設けました。中国でのアコーディオンの歩みは、演奏や製造に加えて専門教育へも広がります。

    出典: 中国文化和旅游部 · 天津国际手风琴艺术节
  • 1958年
    主な国・地域デンマーク

    アコーディオンと管弦楽のための作品

    オーレ・シュミットは奏者モーゲンス・エレゴーと協力し、アコーディオン独奏と管弦楽のための《Symfonisk Fantasi og Allegro》を作曲しました。アコーディオンが管弦楽と向き合う演奏会用の作品です。

    出典: Wise Music Classical · Symfonisk Fantasi og Allegro
  • 1960年代
    主な国・地域イギリスなど

    コンサーティーナの再評価

    20世紀初めに人気が低下したコンサーティーナは、1960年代のフォーク音楽復興の中で再び注目されました。人気が衰えていた楽器が、フォークの演奏で再び使われる転機となりました。

    出典: Horniman Museum and Gardens
  • 1965年
    主な国・地域イタリア → イギリス

    ファルフィサが電子アコーディオンを特許出願

    イタリアのファルフィサが英国で電子アコーディオンの特許を出願しました。蛇腹の内部に回路基板と調律用コイルを収める構造が記されています。公開は1968年です。従来の蛇腹の形に電子回路を組み込もうとした、早い設計例です。

    出典: Farfisa · UK patent application GB1101154A
  • 1966年
    主な国・地域イタリア → イギリス

    英国誌に「Transicord」の広告

    6月4日付の英国音楽誌『Melody Maker』に、ファルフィサの「Transicord」の広告が載りました。アコーディオンの形と奏法を持ち、アンプにつなげる電子楽器として紹介されています。電子式の蛇腹楽器が、特許上の構想にとどまらず、演奏者向けに宣伝される段階に進んでいました。

    出典: Melody Maker · Farfisa advertisement (4 June 1966)
  • 1967年
    主な国・地域イギリス

    ヘイデン式デュエット配列の考案

    ブライアン・ヘイデンがデュエット式コンサーティーナの新しいボタン配列を考案。旋律と伴奏を弾くための方式が一つ増えました。旋律と伴奏を両手にどう配分するか、20世紀後半にも新たな解法が探られていました。

    出典: International Concertina Association · Concertina History
  • 1967年
    主な国・地域日本

    トンボが電子アコーディオンを発売

    トンボ楽器の沿革によると、同社は1967年に「国産初」の電子アコーディオンを開発・製造・発売しました。掲載写真には「DALC(DS-32)」が示されています。アコーディオンの電子化に向けた試みが、日本の国内製造にも広がりました。

    出典: トンボ楽器製作所 · 沿革
  • 1971年
    主な国・地域デンマーク

    デンマーク王立音楽院で専門教育が始まる

    デンマーク王立音楽院でアコーディオンの教育課程が始まりました。演奏会用の作品を学び、専門の奏者を継続的に育てる場が音楽院に設けられました。

    出典: The Royal Danish Academy of Music · 50 years of accordion education
  • 1978年
    主な国・地域ソ連

    グバイドゥーリナがバヤン独奏曲を作曲

    ソフィア・グバイドゥーリナは、フリードリヒ・リプスに献呈するバヤン独奏曲《De profundis》を作曲しました。1980年4月8日、リプスがモスクワで初演しました。バヤンが現代音楽の独奏作品を担う楽器として、作曲家に選ばれた例です。

    出典: IRCAM · De profundis (1978)
  • 1980年代初め
    主な国・地域中国・天津

    天津で自由低音の教育が進む

    天津音楽学院の王域平は御喜美江ら海外の奏者を招いて演奏会や講習会を開き、音楽院での自由低音アコーディオンの教育も進めました。中国の専門教育が新しいレパートリーへ広がる節目です。

    出典: 中央音乐学院 · 首届国际手风琴艺术节学术活动
  • 1991年
    主な国・地域フランス

    ガリアーノが《New Musette》を発表

    リシャール・ガリアーノは、ギター、ベース、ドラムと共演したアルバム《New Musette》を発表しました。フランスのミュゼットをジャズのリズムや和声で捉え直し、アコーディオンの新しい表現を示しました。

    出典: Deutsche Grammophon · Richard Galliano biography

21世紀

  • 2004年
    主な国・地域中国・北京

    中央音楽学院にもアコーディオン専攻

    北京の中央音楽学院で、奏者の曹暁青が学部のアコーディオン専攻を開設しました。翌年には附属中学校にも専攻が設けられます。天津などで育った専門教育が、北京の中央音楽学院にも広がりました。

    出典: 中央音乐学院 · 国际手风琴艺术节
  • 2004年
    主な国・地域日本/イタリア

    蛇腹を使う電子アコーディオン

    ローランドが電子アコーディオン「Vアコーディオン FR-7」を発表。蛇腹による表現を残しながら、デジタル音源でアコーディオンや管弦楽器などの音色を切り替えられます。

    出典: Roland・2004年ニュースリリース
  • 2011年
    主な国・地域中国・上海

    上海で第64回クープ・モンディアルを開催

    国際アコーディオン連盟の第64回クープ・モンディアルが上海で開かれました。中国の主催者が各国の奏者や審査員を迎え、中国と海外の演奏家が交流する場になりました。

    出典: 中央音乐学院 · 首届国际手风琴艺术节学术活动
  • 2013年
    主な国・地域日本

    電子アコーディオンの蛇腹が演奏に応じて変化

    ローランドがVアコーディオン「FR-8x」「FR-8xb」を発表。選んだレジスターや鳴らす音の数に応じて蛇腹の空気抵抗を変える機能を備え、電子楽器でも蛇腹の手応えを表現しました。

    出典: Roland · 2013 FR-8x announcement
  • 2015年
    主な国・地域コロンビア・カリブ海沿岸

    伝統的バジェナートがユネスコの緊急保護リストに

    アコーディオン、カハ(太鼓)、グアチャラカで奏でるコロンビアの伝統的バジェナートが、ユネスコの「緊急に保護する必要がある無形文化遺産」のリストに登録されました。緊急保護の対象になったことは、この音楽を次世代へ伝えるうえで課題があることも示しています。

    出典: UNESCO · Traditional Vallenato music of the Greater Magdalena region
  • 2020年
    主な国・地域アルゼンチン・コリエンテス州

    チャマメがユネスコ無形文化遺産に

    アルゼンチンのコリエンテス州を中心に伝わる音楽と踊り「チャマメ」が、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に登録されました。演奏には二列ボタン式のダイアトニック・アコーディオンやバンドネオンなどが使われます。

    出典: UNESCO · Chamamé
  • 2020〜23年
    主な国・地域ウルグアイ

    ウルグアイでバンドネオンの演奏と製作を継承

    ウルグアイでは、4地域での無料のバンドネオン教室や、若い世代が修理・製作を学ぶ機会を設ける事業が進みました。奏者や教師、製作・修理職人の不足に取り組む活動です。

    出典: UNESCO · The Bandoneon: sound of Tango
  • 2021年
    主な国・地域ブラジル

    伝統的フォホーがブラジルの文化遺産に

    ブラジルは伝統的フォホーを国の無形文化遺産に登録しました。サンフォーナを使う音楽に加え、踊りや演奏・楽器づくりの知識を伝える営みも含む認定です。

    出典: IPHAN · Matrizes tradicionais do forró
  • 2022年
    主な国・地域アルゼンチン・ブエノスアイレス州

    アルゼンチンで電子バンドネオンを試作

    キルメス国立大学の研究者たちは、ボタンと蛇腹を備えた電子バンドネオン「Alfa」の試作機を紹介しました。センサーが演奏操作を読み取り、デジタルの演奏データに変えます。紹介当時は研究段階の試作機です。バンドネオン特有のボタンと蛇腹の操作を、電子楽器に引き継ぐ設計の試みです。

    出典: Universidad Nacional de Quilmes · Bandoneón 2.0
  • 2024年
    主な国・地域日本/イタリア

    KORGが電子アコーディオン「FISA SUPREMA」を発表

    日本のKORGとイタリアのDexibellが共同開発した電子アコーディオン「FISA SUPREMA」が発表されました。音源にはDexibellのT2L技術を採用しています。

    出典: Dexibell · Fisa Suprema (2024)
  • 2025年
    主な国・地域アルゼンチン・コルドバ

    クアルテートがユネスコ無形文化遺産に

    アルゼンチン・コルドバの音楽と踊り、歌詞の文化「クアルテート」が、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に登録されました。初期の編成では、ピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、コントラバスに歌手が加わっていました。

    出典: UNESCO · Cuarteto: music, dance and lyrics in the city of Córdoba, Argentina

参考文献

参考にした解説記事